沖縄研究と観光戦略/吉成直樹

沖縄研究と観光戦略

吉成直樹(『琉球王権と太陽の王』著者)

沖縄研究には沖縄観光の集客のための戦略が色濃く影を落としてきたのではないかと思われるので、そのことについて書きたい。これは、今回、出版した本のどこかに書き込もうと思ったが、ついに入れることができなかった内容である。
近年の沖縄研究に影響を与えたいくつかの政治的な要因についてはすでに書いているので、別稿を参照していただきたい(吉成直樹・高梨修・池田榮史『琉球史を問い直す—古琉球時代論』森話社、2015年)。ここで書くのは、多田治氏の『沖縄イメージを旅する』(中央公論新社、2008年)を読んで、はじめて腑に落ちたことである。
1975年の沖縄海洋博覧会後の、反動不況の対策として自治体の要請を受けた大手広告代理店が「沖縄を売る」「地域を売る」宣伝戦略を打ち出し、「沖縄の歴史と文化」を押し出す観光キャンペーンを張った。
多田氏によれば、観光振興には県民全体の協力が必要だとして、観光客と県民の間の見えない壁を取り除くために、観光関係者だけではなく一般の県民への意識づけも図ったという。つまり、沖縄キャンペーンは、観光客だけに向けられたものではなく、県民に「沖縄県民」としての意識を促すキャンペーンでもあったのである。その内容は「沖縄の歴史」の開発が必要であり、他の観光地にもある自然の美しさや南国ムードではなく、城跡・民謡・祭りなど、沖縄の歴史に関連した観光素材を開発することだった。
この観光キャンペーンは、時々の政治状況に翻弄され続け、沖縄県の人びとがみずからのアイデンティティを独立国として存在していた琉球国に求めていた心情に強く働きかけたことは容易に予想できる。「大いなる琉球王国」への強い憧憬には当然のことながらいつまでも基地問題などを解決しようとしない本土に対する反感もあろう。
この観光キャンペーンは、また高良倉吉氏の琉球国の黎明期の大交易時代をダイナミックに描いた『琉球の時代−大いなる歴史像を求めて』(筑摩書房、1980年)の刊行とも前後している点は見逃すことはできない。
高良氏がこうした動向に無縁ではなかったことは、「この本(『琉球の時代』−筆者補)が出た後、同志というべき二人の仲間と連携しつつ、私は「琉球プロジェクト」と呼びたい事業に取り組んできた」と述べていることからも窺い知ることができる。沖縄タイムス社の記者は、アジア取材を大幅に取り入れた琉球大交易時代キャンペーンを紙面で展開してくれ、地元放送局はアジアの中の「琉球」をテーマとする歴史番組を数多く制作・放映し、高良氏もまたそれらの事業に参画し、執筆者として、同行講師として、あるいはレポーターとしての役割を担ったという(ちくま学芸文庫版『琉球の時代』の「あとがき」)。
高良氏が言う「琉球プロジェクト」とは、まさに大手広告代理店の意図した沖縄観光キャンペーンと重なる。「琉球プロジェクト」や「沖縄観光キャンペーン」の是非について問うつもりはまったくないが、ここで注意したいのは、行政、沖縄県民、メディアとともに研究者も一体となって推進された点である。ある研究成果が、メディアによって喧伝され、多くの人びとの間に流通すると、それが強固な現実として共有されてしまう可能性は否定できない。それは研究者間であっても同じである。ある歴史像が当然のこととして共有されてしまうと、研究者でさえ疑うことができなくなるという問題が生じる。
こうした問題は時代の制約も多分にあり、おそらくは特定の個人の問題のみに帰することはできない。しかし、どれほど一世を風靡した本や論文であっても、ごく一部の例外を除いて20〜30年ほどで寿命が尽きてしまうことを考えると、時代の制約の呪縛から解放されると、すでに準備されていた新たな研究が既存の研究を乗り越えるサイクルが急激に動き出すのだろうと思う。

琉球王権と太陽の王

吉成直樹 著

2018年1月25日

定価 3,000円+税