たおやかで美しく、そして猛々しい女神達/福寛美

たおやかで美しく、そして猛々しい女神達

福寛美(『火山と竹の女神』著者)

「海人考」
筆者は琉球王国の神歌(おもろ)を集成した『おもろさうし』を研究しています。おもろには、ヤコウガイの貝匙が謡われています。ヤコウガイは大型の巻貝で、真珠層が美しく、螺鈿(らでん)細工の材料となります。貝匙は真珠層を活かしてヤコウガイを加工し、スプーン状にしたもので、『枕草子』に螺杯(らはい)として登場します。ヤコウガイを用いた螺鈿細工で有名なのは、奥州藤原氏の建立した中尊寺金色堂の内装です。

では、南西諸島で産するヤコウガイを誰がどうやって本州に運んだのでしょうか。ヤコウガイが通ったのは海路で、海人(あま)の操る船によって運ばれたはずです。海人は権力者に使役される側で、文字資料を残すことはありません。しかし、海人のネットワークは古来、日本列島に張り巡らされていました。

そのことを『万葉集』の海人の用例から考察したのが「海人考」です。万葉世界で、海人は旅先の抒情を掻き立てる存在です。また、遣唐使船を操船したのも海人です。海人は漁労や航海に従事していたのですが、それに加えて権力者に雇われて海上戦で戦い、時には海賊行為もしていたはずです。そのようなことを意識しながら『万葉集』の海人の用例を読んでいくと、少し違った海人の姿が見えてきます。

「『おもろさうし』の鷲」
筆者は『おもろさうし』を研究しつつ、おもろを論理的に考察する限界を感じています。ではどうするか、というとおもろのイメージを捉え、相似したものを探す、というのも一つの方法だと思っています。そのような観点から執筆したのが「『おもろさうし』の鷲」です。

おもろ世界の鷲は、不可視の世界を見通し、航海守護をし、王権を象徴する、という巨大な姿をしています。日本神話では神武天皇を導く金の鵄(とび)は有名ですが、鷲は登場しません。このおもろ世界の鷲のイメージを形作った、と思われる事象をいくつか考察してみました。

北方の巨大な鷲の尾羽は矢羽根として高い価値を持っていました。また鷹は、上流武士の鷹狩で活躍していました。また幸若舞の「百合若(ゆりわか)大臣」には百合若の愛鷹、緑丸の話があり、この話は日本のあちこちや南西諸島の島々に伝わっています。このような鷲、そして鷲の小型の鷹の話がある時期に琉球に伝わった可能性を、筆者は考えています。

それでは、一体誰がそのような話を琉球に伝えたのでしょうか。そのことを考察する手掛かりは、沖縄諸島の遺跡から出土する鎧の断片です。この鎧は北海道、青森の出土例と共通するものが認められ、南北朝から室町時代のものに相当するらしいこと、鎧の形態は日本本土中世の胴丸や腹巻であることが明らかにされています。このことは、日本本土で戦乱が絶えなかった時代、同じ武士階層の人々が北と南の境界世界に活路を見出し、散っていったことを示唆します。

彼らは文字を書くことは知らなかったのですが、行動力だけはありました。北海道や青森は北方世界との交易の窓口でした。それは琉球も同様でした。そこへ行って一山当てたい、と思う人々のうち、ある者は北を、ある者は南を目指したのではないでしょうか。また琉球の高級輸入陶磁器が出土するグスクから日本の武具が出土しています。

このことは、境界世界の富に吸い寄せられた名も無い下級武士達がいたことを示します。彼らが憧れと共に語った、武士の王者の鷹狩の様子、あるいは上級武士や貴族しか持てなかった北方の巨大な鷲の尾羽を用いた矢羽根のことなども、『おもろさうし』の鷲のイメージ形成に一役買っているのではないか、と筆者は考えています。

「火山と竹の女神」
そして「火山と竹の女神」ですが、筆者は『竹取物語』を読み、かぐや姫が天皇を拒否したことに驚きました。貴族の女性は入内し、天皇の子を生み、やがてその子が皇位に就く、というのがゴールド・プランでした。それなのに天皇を拒絶し、昇天していくかぐや姫は天皇より上位の女神としか考えられませんでした。

かぐや姫を火山の女神とする先学の研究、そして日本神話のコノハナノサクヤビメが富士山の女神とされていることから、二人の女神について考察してみました。また、日本神話の中には南九州の隼人世界が印象的に描かれています。その意義も考察しました。

平安時代の初頭には、2011年の東日本大地震とよく似た貞観地震が起こったり、富士山が噴火したりしました。日本列島が激甚災害に揺れていた時期、と言っていいと思います。現代の2016年、熊本地震が起こりました。また2015年には口永良部島が噴火し、全島民が屋久島に避難しました。現代もまた、激甚災害が多発する時期となっています。

そんな現代に、美しくたおやかでありながら猛々しい火山の女神達のことを考えるのも少し面白いのではないか、と筆者は思っています。

火山と竹の女神──記紀・万葉・おもろ

福 寛美 著

2021年4月23日

定価 2,500円+税