電話の声による繋がり/黒田翔大

電話の声による繋がり

黒田翔大(『電話と文学』著者)

 私は電話で通話をする機会がそれほど多くない。スマホやケータイを使うとしても、通話ではなく、メールやインターネット検索などがほとんどである。電話は本来的に声によって繋がるメディアであるが、スマホやケータイには様々な機能が集約されている。通話するという機能は、その多くの機能の一つになっているのである。仕事上電話を頻繁に使うというのでなければ、プライベートで通話をするということが少ない人も多いのではないだろうか。少なくとも私はそうである。

 しかし、個人的にそのような状況が少し変わったように感じている。コロナ禍ということもあり、遠隔授業やテレワークの機会が多くなり、オンライン上で人と接することが多くなった。そのため、オンライン上で人と会話するための環境が構築され、通話をする機会が増加した。そして、友人と直接会うことが制限されているので、通話による繋がりを私は以前よりも求めるようになった。

 ただし、これはZoom、LINE、Discord等のアプリを用いたものなので、従来の電話の通話と全く同列に扱って良いのかは分からない。また、私の場合はスマホやケータイでは内臓のマイク性能に不安があるため、PCとその周辺機材を用いている(これも拘りだすときりがなく、高価なマイクやオーディオインターフェースが欲しくなってしまう)。しかし、いずれにせよカメラをオンにしてビデオ通話をしていない限り、電話による通話と近いものがあるだろう。

 電話がスマホやケータイというように進歩し、通話機能自体は相対化されている。しかし、だからこそ、(本書では扱っていないが)他の機能と比較しやすいという状況になっているのではないか。またコロナ禍ということもあり、通話をするという機会も増えつつあるのではないか。このようなことから、電話で声によって繋がるとはどういうものなのかを考える大きなきっかけになると個人的には考えている。

 本書では触れることはなかったが、執筆中に考えていた事柄をいくつかここで挙げておきたい。

 本書では固定電話を扱っているが、現代では多くの人々がスマホやケータイを持ち歩いている。固定電話からスマホやケータイへと移っていく過程で、自動車電話やショルダーホンがあった。第五章でも言及しているが、推理小説では電話が犯人からの連絡手段として用いられることが多い。自動車電話の登場は、推理小説にも影響を与えており、それがトリックの要素として使われているケースも多々ある。これにポケベルなども加えて、ケータイやスマホの前段階を考察する必要があると考えている。

 また、第三章では「満洲国」における電話に関して扱っているが、台湾や朝鮮といった外地に対する考察も求められるだろう。「満洲国」や外地では言語の問題が出てくる。そのため、電話交換手の育成よりも自動交換機の設置の方が合理的だとされた内地と異なる事情があった。それを考えていくことは、電話研究だけでなく「満洲国」や外地の研究にとっても重要になるのではないかと感じている。

 最後に個人的な感想を記しておく。「あとがき」にも書いているが、本書の中でもとりわけ初めての学会発表と論文掲載をした安岡章太郎『ガラスの靴』を題材として扱った第四章は感慨深い。初めての学会発表では当時の全力を出し、発表した内容がほぼ全てであった。そのため、質疑応答に答える余力は残されていなかった。学部時代の恩師から質疑を受けるが、それに対する十分な答えを明示することは出来ないと瞬時に理解し、何とかその場を凌ぐようなことしか言うことができなかった。これは苦い思い出であると同時に良い思い出だと今では考えている。

 そして、本書も同様に私にとって初めての「本」としての著作物であり、全力は出せたと思う。そのような意味でも個人的には記念になるものだと感じている。今後の研究者としての道を進む上で、きっと特別な糧になると確信している。それに加えて、本書が同分野に幾分かの貢献ができていれば、それ以上の喜びはない。

電話と文学

黒田 翔大 著

2021年10月14日

定価 4,500円+税