神輿と闘争の民俗学──浅草・三社祭のエスノグラフィー


試し読み

神輿と闘争の民俗学
浅草・三社祭のエスノグラフィー

三隅貴史 著

定価:本体4,500円+税

2023年3月31日刊
A5判上製 / 416頁
ISBN:978-4-909544-31-5


第44回日本民俗学会研究奨励賞受賞!

神輿渡御の闘争史
下町・浅草の初夏を熱狂の渦に巻き込む三社祭。
その花形である三基の本社神輿を担いでるのは誰なのか?
神輿の棒を激しい争奪戦で勝ち取ってきた有名神輿会に飛び込んだ著者が、祭りの狂騒と闘争をリアルに描き出すエスノグラフィー。


目次
序章 神輿渡御を闘争として分析する

第一章 民俗学の(複数の)新しい方向性の提示を目指して
一 民俗学的研究の三つの方針
二 「非公式」的祭礼研究宣言

第二章 神輿渡御をどう理解するのか──本書の分析視角
一 東京圏の神輿渡御の社会的背景
二 祭礼研究の地図──分析視角の批判的考察
三 闘争からみる浅草の神輿渡御
四 浅草地域と三社祭

第三章 モノの観点からみる東京圏の神輿渡御
一 神輿とは何か
二 神輿渡御とは何か
三 「江戸前」の美学と標準化した祭礼運営の手法
四 本書は神輿渡御をどのように理解するか

第四章 江戸・東京の祭礼史
一 前史──天下祭における形式性と周辺祭礼における乱痴気騒ぎの時代
二 第一期──町神輿の登場と町会による権威的配分の時代
三 第二期──町会と神輿会との闘争の時代
四 第三期──権威的配分の再成立と社会─祭礼関係の時代
五 町神輿は何をもたらしたか──京都市域の神輿渡御と比較して

第五章 神輿会のエスノグラフィー
一 神輿会の概要
二 A神輿会の概要
三 祭礼の場におけるA神輿会
四 A神輿会内部における人間関係
五 A神輿会の男性性と女性会員
六 A神輿会と他の神輿会の関係
七 神輿会と伝統・宗教
八 A神輿会の社会階層
九 神輿会にとって神輿担ぎとは何か

第六章 町会・青年部による祭礼運営のエスノグラフィー
一 町会の概要
二 B睦会による祭礼運営
三 祭礼運営における論点
四 町会・青年部にとって神輿渡御とは何か

第七章 神輿渡御における地域的共同性はいかにして達成されるか
一 神輿渡御における〈資源配分をめぐる闘争〉
二 「棒振り」と資源の権威的配分
三 〈右肩の会〉と〈左肩の会〉
四 神輿渡御の三者関係
五 地域的共同性の再成立と地域の再統合

第八章 「江戸前」の美学の創造・拡大・定着
一 神輿渡御における「美学」をめぐる闘争
二 「江戸前」以前の美学
三 「江戸前」の美学の創造・拡大・定着
四 「江戸前」スタイルの意味するもの

第九章 神輿を担ぐことの文化政治
一 神輿渡御における神聖化戦略をめぐる闘争
二 三社祭における神聖化戦略をめぐる闘争
三 神輿パレードにおける神聖化戦略をめぐる闘争
四 〈イベントから「伝統」へ〉

結章 まとめと展望
一 本書の要約
二 本書の目的はどこまで達成されたか
三 残された課題

補論 コロナ禍の三社祭を歩く

文献一覧
あとがき
初出一覧
索引→公開中


著者
三隅 貴史(みすみ・たかふみ)

1992年、兵庫県生まれ。2020年 関西学院大学大学院社会学研究科博士課程後期課程単位取得退学。博士(社会学)。
現在、関西学院大学社会学部特別任用助教。民俗学専攻。

主な論文
「東京周辺地域の祭礼における『江戸前』の美学の成立──神輿会に注目して」『日本民俗学』(292)、2017年
「祭礼における共同性はいかにして可能か──東京圏の神輿渡御における町会─神輿会関係を事例として」『ソシオロジ』64(3)、2020年
「日本民俗学におけるインターネット研究の課題──アメリカ民俗学の学説史の検討をとおして」『現代民俗学研究』(14)、2022年

詩と音楽と現代芸術と/中村三春

詩と音楽と現代芸術と

中村三春(『ひらがなの天使』著者)

 1975年10月、高校生の私は所属していた吹奏楽部の遠征で、盛岡から山形に来ていた。私は中学から大学の教養部の頃までコルネットを吹き、その後はやめてしまったが、特に高校時代、音楽に深く入れ込んだ記憶は消えるものではない。山形ではその時、角川文庫の『谷川俊太郎詩集』を、山形市七日町大通の八文字屋書店で購入した。本書の跋で、やけに詳しい年月が記されているのはその記憶のゆえである。そこに書いたように、現在は2巻本となっている同文庫のⅠにあたる本で、谷川の盟友である大岡信の分かりやすい解説も今と同じであった。

 音楽とともに、私は中学・高校の時分から日本の近代詩に読み耽り、最初は高村光太郎の「猛獣篇」や室生犀星の『愛の詩集』などをノートに書き写したり、模倣して詩を作ろうとしていた。次々と読んだ詩人の中で、やがて強く惹かれたのは中原中也、そして立原道造であった。これに谷川俊太郎を加えれば、だいたい学生時代に頭の中を占めていた私の言葉の出所は尽きる。今も当時も、これらの詩人たちの作品は、私にとって決して過去のものとか、歴史的な作品などではなかった。いずれも現在の自分と密着した言葉としてそれらはあった。中でも特に、戦後に出発した詩人である谷川俊太郎の作品は、抜きん出て親近感が強かった。今から思えば、長じて私が主に詩ではなく小説を研究対象として選んだのは、研究というものに必要な、対象との間の適切な距離を取ることが難しかったことも理由の一つであるかも知れない。研究歴の初期に立原道造論を書いた(ひつじ書房刊『フィクションの機構』所収「立原道造のNachdichtung」)が、愛する詩人の詩をまともに論じることからは、その後ずっと遠ざかってきた。

 ではなぜ今回、谷川俊太郎の作品をまとめて論じることになったのか。これも跋に記したように、1990年代に私は詩集『定義』を論じた(ひつじ書房刊『フィクションの機構2』所収「谷川俊太郎――テクストと百科事典」)。谷川自身も『批評の生理』で述べたように、それは百科事典のパロディであるが、それと同時にネオ・アリストテリシャンのノースロップ・フライが『批評の解剖』で、文芸の「百科全書的形式」を定義していたことが頭にあり、詩と百科事典を結びつけるなんて面白いじゃないかという感覚で、学生時代以来、その時初めて私は谷川に戻って来たのである。後に、百科事典・図鑑を偏愛する人物を鮮やかに描く作家・小川洋子を論じることになる(七月社刊『接続する文芸学 村上春樹・小川洋子・宮崎駿』)のは、もちろん自ら知る由もない。

 本書の注意深い読者は、中核をなす「ひらがなの天使」の第四章から第五章へ移るところで、唐突に有島武郎の名前が登場することに気づかれただろう。有島武郎は、私が卒業論文・修士論文・博士論文と取り上げた作家で、ひつじ書房刊『新編 言葉の意志 有島武郎と芸術史的転回』のタイトルから分かるように、その中心テーマは、近代から現代への芸術の変様、すなわち現代アートの成立と有島がどのように交錯したかを明らかにすることにあった。翰林書房刊『花のフラクタル 20世紀日本前衛小説研究』に緝めたように、久野豊彦や横光利一、はては太宰治まで、芸術的現代を体現したテクストの様式を論じたのも、この問題関心の延長線上にある。

 有島武郎は1878年生まれで、パウル・クレーより一歳年⻑の同時代人であったが、クレーとは異なり、本格的に現代芸術を展開することはできなかった。ところでここに、有島にとって見果てぬ夢であった現代芸術を、流用や模造のほか、翻訳などを契機として獲得したひらがな詩を洗練することにより、あまつさえ、クレーとも絡む形で実現した現代の詩人・谷川俊太郎がいて、既に私はその詩集を一度論じているではないか。また、クレーが音楽家であったのと同じく、谷川俊太郎もモーツァルト、ベートーヴェンなど音楽に造詣が深い。本書で谷川の詩を、ロラン・バルトの〈ムシカ・プラクティカ〉(実践音楽)の遠縁にあると、やや曲解めいた評価をした。私の前に、詩、音楽、そして現代芸術と、これまでずっと思い続けてきた課題が一挙に収斂する場として、谷川のテクストが現れた。このようにして、私は半世紀の道のりの中で谷川俊太郎と三度出会い、本書をまとめることになったのである。

 跋に述べたように、本書は、テクストが他のテクストから作られる第二次テクスト現象を論じた点において、筆者の『接続する文芸学』およびその前の七月社刊『〈原作〉の記号学 日本文芸の映画的次元』と併せて三部作をなす。比較文学や第二次テクストの研究は、受容・影響関係の実証や、アダプテーション理論と呼ばれるような作家と作家、作品と作品との間の比較的緊密な関連性を問題にすることが多かった。それに対して本書で取り上げた概念は、第二次テクスト現象の縁辺に位置づけられる、触発による創造(creation by contact)である。たとえば、谷川俊太郎は、モーツァルトから具体的に影響を受けたか? あるいは、谷川俊太郎の詩は、クレーの絵画と本質的な関係を持つのだろうか? この、そうであるともそうでないとも言えるような、あわい(間)の領域を埋めるのが、今回導入した触発の概念である。しかし、論じるからには気分的な説明ではいけない。果たして読者を触発しうるような論述になっているかどうか。

 そして、本書において、私自身の亡父と同じ生年の谷川の作品を論じることによって、私を培ってくれた、上の世代の人々への、私なりの恩返しをしたいと念じている。

ひらがなの天使──谷川俊太郎の現代詩

中村三春 著

2023年2月28日

定価 2,700円+税

ひらがなの天使──谷川俊太郎の現代詩


試し読み

ひらがなの天使
谷川俊太郎の現代詩

中村三春 著

定価:本体2,700円+税

2023年2月28日刊
四六判上製 / 272頁
ISBN:978-4-909544-30-8


教科書に載り、テレビCMで朗読され、ポップソングとして歌われる……。もはや「国民的詩人」と言っても過言ではない谷川俊太郎の詩業を、第一詩集の『二十億光年の孤独』から88歳時の詩集『ベージュ』まで、深く丁寧に読み込む。モーツァルトとクレーからの触発を核として、現代芸術とも切り結ぶ、谷川俊太郎の魅力とは。


目次

序 沈黙と雑音──谷川俊太郎の現代詩

第1章 言葉の形而上絵画──谷川俊太郎『六十二のソネット』
第2章 現代芸術としての詩──谷川俊太郎『定義』『コカコーラ・レッスン』『日本語のカタログ』
第3章 翻訳とひらがな詩──谷川俊太郎のテクストにおける触発の機能
第4章 ひらがなの天使(上)──谷川俊太郎『モーツァルトを聴く人』『クレーの絵本』『クレーの天使』
第5章 ひらがなの天使(下)──谷川俊太郎におけるクレーとモーツァルト
第6章 挑発としての翻訳──谷川俊太郎の英訳併録詩集『minimal』
第7章 発語の瞬間を見つめて──谷川俊太郎『ベージュ』など


跋 絵本『ぼく』のまわり
初出一覧
索引→公開中


著者
中村三春(なかむら・みはる)

1958年岩手県釜石市生まれ。東北大学大学院文学研究科博士後期課程中退。博士(文学)。北海道大学大学院文学研究院教授。日本近代文学・比較文学・表象文化論専攻。著書に『〈原作〉の記号学 日本文芸の映画的次元』、『接続する文芸学 村上春樹・小川洋子・宮崎駿』(以上、七月社)、『フィクションの機構』1・2、『新編 言葉の意志 有島武郎と芸術史的転回』、『修辞的モダニズム テクスト様式論の試み』、『〈変異する〉日本現代小説』(以上、ひつじ書房)、『係争中の主体 漱石・太宰・賢治』、『花のフラクタル 20世紀日本前衛小説研究』、『物語の論理学 近代文芸論集』(以上、翰林書房)、編著に『映画と文学 交響する想像力』(森話社)など。

書評・紹介

ほんのうらがわ(編者による刊行エッセイ)

政治風土のフォークロア──文明・選挙・韓国


試し読み

政治風土のフォークロア
文明・選挙・韓国

室井康成 著

定価:本体3,500円+税

2023年2月10日刊
四六判上製 / 360頁
ISBN:978-4-909544-29-2


「世の中はさういふものなのだよ」「しかたが無いのだよ」に抗う
世の中が、そして私たちが、知らず知らずのうちに従っている見えないルール=「民俗」。法規やデータなどの可視化された資料ではなく、不可視の行動基準である「民俗」の視座から、日本という風土に醸成された、政治と選挙の「情実」を読み解く。
加えて、日本の特徴を明確にするため、隣国である韓国・北朝鮮の事例も取り上げる。


目次
序にかえて 不可視/不作為の行動基準

Ⅰ 普通選挙成立史と柳田国男の併走
第一章 「文明の政治」の地平へ 福沢諭吉・伊藤博文・柳田国男
第二章 「一国民俗学」は罪悪なのか 近年の柳田国男/民俗学批判に対する極私的反駁
第三章 「常民」から「公民」へ 〈政治改良論〉としての柳田民俗学
コラム① 政治/選挙をめぐる民俗学的思考 その意義と若干の展望

Ⅱ 政治風土の醸成と葛藤
第四章 政治をめぐる「民俗」の超越は可能か 杉本仁著『選挙の民俗誌──日本的政治風土の基層』に寄せて
第五章 選挙粛正運動と視覚メディア 権利から義務への煽動戦略
第六章 「親類主義」の打破 きだみのるの八王子市議選出馬とその意義をめぐって
コラム② 戦後の景気になぜ「神話」が使われたのか

Ⅲ 映し鏡としての隣国
第七章 希求される大統領像 韓国における〈政治神話〉の生成
第八章 「始祖王」の正統性 民俗学からみた現代韓国/北朝鮮の政治風土
コラム③ 「事大主義」を超えて

終章 政治風土のゆくえ

参考文献
あとがき
初出一覧


著者
室井 康成(むろい・こうせい)

1976年、東京都世田谷区生まれ。1999年、国学院大学文学部文学科卒業。2009年、総合研究大学院大学文化科学研究科博士課程修了。博士(文学)。
韓国・蔚山大学校人文学部日本語日本学科講師、千葉大学地域観光創造センター特任教員、東京大学東洋文化研究所特任研究員を経て、現在は会社役員、立教大学日本学研究所研究員。
専攻は民俗学、近現代東アジアの思想と文化。

著書
『柳田国男の民俗学構想』(森話社、2010年)
『事大主義──日本・朝鮮・沖縄の「自虐と侮蔑」』(中公新書、2019年)
『日本の戦死塚──増補版 首塚・胴塚・千人塚』(角川ソフィア文庫、2022年)
編著
『〈人〉に向きあう民俗学』(門田岳久との共編、森話社、2014年)

書評・紹介

ほんのうらがわ(編者による刊行エッセイ)

ジブリ・アニメーションの文化学──高畑勲・宮崎駿の表現を探る


試し読み

ジブリ・アニメーションの文化学新刊
高畑勲・宮崎駿の表現を探る

米村みゆき・須川亜紀子 編

定価:本体2,200円+税

2022年12月25日刊
四六判並製 / 352頁
ISBN:978-4-909544-28-5


ジブリアニメの見え方が変わる!
類稀な作家性とそれを支える技術力で、世界を虜にするスタジオジブリ。見て楽しく、考えて深い、その魅力の秘密を、最先端アニメーション研究の多彩なアプローチから解き明かす。


目次
はじめに──スタジオジブリのアニメーションと「作家主義」/米村みゆき

第1章 「ジブリ顔」とは何か──キャラクター造形という協働/石田美紀
コラム① 「魔法少女」として読む『かぐや姫の物語』/須川亜紀子

第2章 航空機体の表象とその運動ベクトル──宮崎駿『風立ちぬ』の戦闘機は何を演じているのか/キム・ジュニアン
コラム② 『魔女の宅急便』における労働とコミュニケーション/須川亜紀子

第3章 焼跡と池──高畑勲『火垂るの墓』における地域表象/横濱雄二
コラム③ スタジオジブリの「見立て聖地」/須川亜紀子

第4章 四大元素と菌の問題系──宮崎駿『風立ちぬ』論/友田義行
コラム④ 〈垂直〉の距離──天空と坑道/友田義行

第5章 『コクリコ坂から』と「理想世界」──戦争の記憶をめぐって/奥田浩司
コラム⑤ 「スタジオジブリ」論の現在を知る三冊/平野泉

第6章 高畑勲『アルプスの少女ハイジ』──ドイツ語版アニメーションとの比較研究/西口拓子
コラム⑥ 舞台化されたスタジオジブリ作品/須川亜紀子

第7章 高畑勲と「大衆と共にある芸術」──『太陽の王子 ホルスの大冒険』と『母をたずねて三千里』の音楽/井上征剛
コラム⑦ 「宮崎駿」を知る三冊/平野泉

第8章 動物/人間の境界線の攪乱──高畑勲の動物アニメーション映画/米村みゆき

初出一覧
あとがき/須川亜紀子


編者
米村みゆき(よねむら・みゆき)
専修大学文学部日本文学文化学科教授。日本近現代文学、アニメーション文化論。
『アニメーション文化 55のキーワード』(共編著、ミネルヴァ書房、2019年)、『ジブリの森へ──高畑勲・宮崎駿を読む[増補版]』(編著、森話社、2008年)

須川亜紀子(すがわ・あきこ)
横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授。ポピュラー文化論、ファン研究、2.5次元文化研究。
『2.5次元文化論──舞台・キャラクター・ファンダム』(青弓社、2021年)、『少女と魔法──ガールヒーローはいかに受容されたのか』(NTT出版、2013年)

書評・紹介

  • 2023-04-29「図書新聞」
    評者:古川晴彦(慶応高教員)

ほんのうらがわ(編者による刊行エッセイ)