歴史という「物語」/吉成直樹

歴史という「物語」

吉成直樹(『琉球王国は誰がつくったのか──倭寇と交易の時代』著者)

新たに刊行した『琉球王国は誰がつくったのか──倭寇と交易の時代』は、従来の古琉球史研究に対する批判であるとともに、その批判を踏まえて自分なりに古琉球史像を描くとすれば、どのようになるのかという試みである。
古琉球史研究に対する批判とは、古琉球時代の琉球国を過大に評価することによって生じる研究のゆがみ、またそれによって史資料の扱い方にさえ制約を与えてしまうことに対する批判である。言うまでもなく、「古琉球時代の琉球国が栄華を誇ったことはない」などと主張しているのではないことをあらかじめ強調しておきたい。

ひとつだけ例をあげて、本書の紹介としたい。

琉球の三山を統一することになる思紹(ししょう)、尚巴志(しょうはし)が佐敷按司の時代に拠城としていた佐敷上グスクをめぐる問題である。なお、尚巴志が思紹の後を継いで佐敷按司になったのは1392年、21歳の時であったとされる(『中山世譜』)。
琉球文化圏には、城壁で囲まれた大規模な城塞型の大型グスクと、尾根や台地の先端部地域を、堀を入れて本体と切り離して安全を保つ全国の中世城郭にみられる築城法を用いた「グスク」が存在する。佐敷上グスクは後者に位置づけられ、高石垣を伴わず、主に切岸と空堀で造った曲輪を主郭とする、全国の中世城郭様式による山城であるとされる(三木靖『鹿児島県奄美市 史跡赤木名城跡保存管理計画書』奄美市教育委員会、2015年)。
佐敷上グスクは琉球的な城壁を伴うグスクは異なり、本土的な構造を持つ中世城郭であり、系譜の異なる構造物ということになる。こうした佐敷上グスクに類似する構造を持つ中世城郭跡は、奄美大島の赤木名グスク、喜界島の七城のほか、沖縄島北部地域の根謝銘グスク(大宜味村。謝名グスクとも呼ぶ)、名護グスク、親川グスク(名護市)をその代表にあげることができる。このほかにも国頭地方にいくつかの事例がある。
佐敷上グスクは、14世紀後半を中心に16世紀までの年代が与えられているが、14世紀後半以降は沖縄島の各地で造営される琉球的な大型グスクの構造化(基壇建物の建造や大規模城壁の造営など)が進む時期であり、それと同時期に盛んに利用されていたことになる。壮大な城塞型の大型グスクが形成されていく時期に、中世城郭の構造を持つ佐敷上グスクを思紹、尚巴志は拠城としたのである。

こうした中世城郭は、もちろん本土地域から渡来した技術者によって築城されたと考えられ、そこを拠点とする人びとも本土地域から渡来した人びとと考えられる。築城した技術者のみが本土地域の人びとであり、そこに拠っていた人びとは沖縄島社会の人びとであったとは考え難い。中世城郭跡の分布を考えても、琉球国の統一を成し遂げた思紹、尚巴志の出自はもともと本土地域であったと考えられる。
従来の研究では佐敷上グスクのような中世城郭の様式を持つグスクには「土より成るグスク」などの名称が与えられ、琉球的なグスクの前代のものとされ、時間的前後に置き換えられたり、琉球型のグスクのカテゴリーの中に位置づける──この場合は立地の地形や地質などの違いが強調される──ことによって理解されてきた。

なぜ、そのような理解の仕方になるのかを考えると、沖縄島社会の発展は「琉球王国」へと向かう単線的な発展を遂げたとする見方があったと言わざるを得ない。それは、多様な史資料を「琉球王国」にいたる過程に直線的に並べる思考にほかならない。その背景には「琉球王国」を絶対的なものとみなし、すべてはそこにたどり着くという歴史観があったことによる。こうした見方による弊害は、高梨修氏(奄美市立奄美博物館)、池田榮史氏(琉球大学)によって、つとに指摘されてきたことであった。
こうした歴史観に立つと、内的発展論への過度の傾斜、主体性・自立性の強調もまた、歴史描写の際の特徴として現れることになる。こうした特徴は、外部からの影響、ことに外部からの人びとの移住による影響をきわめて低く見積もることにつながる。

このたびの本は、こうした制約から離れるとどのような歴史像を描くことができるか、またそのような歴史観がどのようにして形成されたのかを明らかにしようとした試みである。後者については、前著『琉球王権と太陽の王』を刊行したときに、本欄「ほんのうらがわ」に掲載していただいた「沖縄研究と観光戦略」を発展させたものであり、1975年の沖縄海洋博の沖縄館の展示構想までさかのぼって跡付けたものである。このテーマは、歴史という「物語」が人びとによって、どのように受容され強固に共有されるようになったのかを明らかしようとする試みである言い換えることができる。「物語」とはフィクションを意味するものではないことは言うまでもない。

琉球王国は誰がつくったのか──倭寇と交易の時代

吉成直樹 著

2020年1月27日

定価 3,200円+税

琉球王国は誰がつくったのか──倭寇と交易の時代


試し読み

琉球王国は誰がつくったのか
倭寇と交易の時代

吉成直樹 著

定価:本体3,200円+税

2020年1月27日刊
四六判上製 / 344頁
ISBN:978-4-909544-06-3


首里城の王たちは、いったいどこからきたのか?
首里城は、15世紀初頭、尚巴志にはじまる琉球国の王城だった。
農業を基盤とし沖縄島内部で力を蓄えた豪族が、抗争の末に王国を樹立したというのが通説だが、これは真実だろうか? 政情不安定な東アジアの海では、倭寇をはじめ、まつろわぬ者たちがしのぎを削っていた。王国の成立に彼らが深く関わっていたことを多角的なアプローチから立証し、通説を突き崩す新しい琉球史を編み上げる。


目次
はじめに

第一章 グスク時代開始期から琉球国形成へ──通説の批判的検討
一 グスク時代開始期
二 農耕の開始は農耕社会の成立を意味するか
三 グスク時代初期の交易ネットワーク
四 十三世紀後半以降の中国産陶磁器の受容
五 沖縄島社会の変化と交易の活発化
六 琉球の貿易システムの転換──中国との交易の開始
七 琉球を舞台とする私貿易
八 「三山」の実体と覇権争い
九 倭寇の拠点としての「三山」
十 琉球国の形成

第二章 「琉球王国論」とその内面化──『琉球の時代』とその後
一 「琉球王国論」を読む
二 『琉球の時代』が描く歴史像と特徴
三 『琉球の時代』の意図するもの
四 その後の「琉球王国論」の展開
五 「琉球王国論」の内面化
六 仲松・高良論争──琉球王国は存在したか

結びにかえて→公開中

【補論①】三山の描写の枠組み
【補論②】『おもろさうし』にみる「日本」の位置づけ


引用・参考文献
あとがき
索引→公開中


著者
吉成直樹(よしなり・なおき)

1955年生。秋田市出身。元法政大学教授。理学博士(東京大学)。地理学、民俗学。
『琉球の成立──移住と交易の歴史』(南方新社、2011年)、『琉球王権と太陽の王』(七月社、2018年)、『琉球史を問い直す──古琉球時代論』(共著、森話社、2015年)、『琉球王国と倭寇──おもろの語る歴史』(共著、森話社、2006年)。

書評・紹介

ほんのうらがわ(編者による刊行エッセイ)

『現代語訳 童子百物かたり』から5話分を無料公開!

2019年3月刊行の『現代語訳 童子百物かたり──東北・米沢の怪異譚』から5話分をPDFで公開いたします。

三 墓所の釜場へ杭を打って来ること
四 隅のば様ということ
六 桶屋町𥶡入六左衛門の疝気のこと
八 李山村の多蔵、狐にばかされること
四十三 馬下何某、化け物を見ること

怪異とときに笑いに満ちた『童子百物かたり』の一端をご覧いただけます!

現代語訳 童子百物かたり──東北・米沢の怪異譚

吉田綱富 著 水野道子 訳

2019年3月8日

定価 2,300円+税

『井上靖 未発表初期短篇集』の発売日等について

4月4日に「毎日新聞」で記事にしていただいた『井上靖 未発表初期短篇集』ですが、現在製本中です。

取次店の本が納入されるのが4月9日ですので、その数日後に書店様に配本されます。
ただすべての書店様の店頭に並ぶわけではありませんので、あらかじめ書店様でご注文いただくのが確実です。
こちらのパンフレットに書店様への注文書がついておりますので、お使いいただくとスムーズかと思います。

Amazon他ネット書店では現在予約を受け付けており、4月11日からの発送になる見込みです。

  • Amazon.co.jp
  • 版元ドットコム(各オンライン書店へのリンクがあります)
  • また七月社のウェブストアから予約していただくことも可能です。
    こちらは送料無料で10日からの発送を予定しております。

  • 七月社ウェブストア(送料無料)
  • 『井上靖 未発表初期短篇集』から「昇給綺談」を無料公開!

    2019年4月刊行の『井上靖 未発表初期短篇集』から「昇給綺談」をPDFで公開いたします。
    「昇給綺談」(PDF/全14ページ)

    「昇給綺談」は、インキ会社に勤める草食系(?)の若いサラリーマンが、強烈な個性をもつ登場人物(妻やイボガエル風社長など)が巻き起こす事件に翻弄される、ユーモアものです。
    テーマは「愛妻」でしょうか、しかしよく戦前のこの時期(昭和9年頃の執筆と推定)にと思えるほど現代的な男女関係が、面白おかしく描かれています。
    稀代のストリーテラーの若き日の傑作をお楽しみください。

    本書は、新潮社版「井上靖全集」編纂時に見つかりながら、「既発表作品に限る」という全集の方針のため、活字化されなかった未発表原稿から、読みごたえのある作品を選んでいます。
    「昇給綺談」の他にも、学生を主人公にした軽妙なユーモア小説や、乱歩に影響を受けたような「新青年」風のミステリなど、デビュー後の井上作品のイメージとは一線を画す、しかし若い作者の創作意欲が爆発した作品群が収められています。

    井上靖 未発表初期短篇集

    井上靖 著 高木伸幸 編

    2019年4月11日

    定価 2,400円+税

    『近代の記憶』在庫と重版の出来予定について

    『近代の記憶──民俗の変容と消滅』は、いくつかの新聞書評などが後押しとなり、お陰様をもちまして現在2刷りを重版中です。
    ただ、品薄の状況となっており、出版社・取次には在庫がほぼない状態です。
    書店の店頭にまだ残っている場合もありますし、またウェブ書店には在庫が残っているところが多いようです(3月28日の時点でAmazonには在庫あり)。
    現在製本中で、重版出来が4月11日ころの予定、書店等にご注文いただければ、出来次第すぐに出荷いたします。

    書店様、読者の皆様にはご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。

    井上靖文学生成の一過程──『井上靖 未発表初期短篇集』の編集を終えて/高木伸幸

    井上靖文学生成の一過程──『井上靖 未発表初期短篇集』の編集を終えて

    高木伸幸(『井上靖 未発表初期短篇集』編者)

    新潮社版『井上靖全集』(全28巻・別巻1)編集の過程で、文壇デビュー以前に著された未発表草稿が計22篇、井上家より発掘された。それらの中から小説6篇、戯曲1篇を選び、『井上靖 未発表初期短篇集』と題して七月社より刊行することとなった。編集・解説の担当者として、本書を少しだけ紹介したい。

    井上靖は「猟銃」(昭和24年)「闘牛」(同24年)による文壇デビュー以前、数々の懸賞小説に応募し、計6回入選を果たしている。これらは井上靖が京都帝国大学に入学する直前から卒業直後に至る期間(昭和7年から11年の間)に執筆された。探偵小説、ユーモア小説、時代小説などジャンルは多岐にわたっている。
    本書に収録した7作品の中、戯曲1篇を除く小説6作は、ユーモア小説2作(「昇給綺談」「就職圏外」)、探偵小説3作(「復讐」「黒い流れ」「白薔薇は語る」)、時代小説1作(「文永日本」)に分類できる。推定される執筆時期も上記の懸賞入選作と重なっている。井上靖はおそらく、これらの小説6作についても、懸賞小説への応募を目的として書いたのであろう。しかし、内容不十分で結局応募しなかった作品か、落選作であったため、今日まで日の目を見ない状態にあったものと推察できる。
    従って本書に収録された小説6作はいずれも草稿と見做すべき水準であり、後年の井上靖の数ある名作に比すれば未熟な印象は否めない。しかし、そうではあっても、やはり昭和の文豪井上靖の出現を予感させる才のきらめきを全ての作品から少なからず見出すことができる。例えば、これらの作品の一部には、「猟銃」で描かれた不倫の愛の世界が描かれている上に、やはり同作で用いられた書簡体構成が取り入れられている。モチーフにおいても、小説作成の技術においても、後年の井上靖文学、特に文壇デビュー作「猟銃」へと繫がる萌芽がいくつも認められるのである。本書を通して、文壇デビュー以前の井上靖が、自らの才能をどのように練磨し、小説のモチーフを発酵させていったのか、その文学生成の過程を垣間見ることができよう。
    一方、本書に収録した戯曲1篇(「夜霧」)は、文壇デビュー直前の昭和23年頃の執筆と推測され、それだけに完成度は高い。本戯曲は後の井上靖文学で追求された愛の不毛が表現されている。6作の未発表小説に続けて、この「夜霧」に目を通せば、井上靖文学の成長の跡がより具体的な形で確認できる。職業作家・井上靖の誕生を窺わせる戯曲として賞味されたい。

    本書は活字化されていない未発表の作品を集めた一冊であり、その出版は井上靖が手書きした生原稿を一字一字翻刻していく作業から始まった。そうした生原稿の翻刻作業を通して感じたことを付け加えておきたい。
    収録作の原稿全てが清書されておらず、書きなぐったような判読に苦労する文字を多く含んでいた。井上家の皆様など、井上靖の書き癖を知る多くの方々の協力があって、初めて本書は完成できた。そのことを何よりお礼申し上げたい。
    生原稿の文字を目にして、執筆中の井上靖の高揚した気分と創造力(想像力)の噴出に、直に触れた思いがした。いずれの原稿も書き出しは丁寧な文字で始まっている。しかし、途中から判読の難しい乱雑な文字へと変わっていくのである。井上靖は小説を書き出し、一度筆が進み始めると、気分は高まり、湧き出すイメージに手が追い着かなくなってしまうのであろう。その段階において丁寧な字を書いていくことは、もはや不可能なのであろう。
    「ふみ」「ふみ」という落書きが見られる原稿もあった。若き日の井上靖が、後に生涯の伴侶となった女性の名を記した落書きであることは説明するまでもあるまい。生原稿はその画像の一部を解説と併せて本書に掲載したので、ぜひご覧いただきたい。 

    期待を裏切らない、貴重な未発表初期短篇集として、自信を持ってお薦めする。井上靖文学の研究資料として、井上靖作品をより深く愛読するための一冊として、本書をご一読いただければ幸いである。

    本書の企画発案は、草稿の発見に関わり、整理を担当された故・曾根博義氏による。編者はその曾根氏の成果を引き継いだに過ぎない。感謝の意味を込めて、最後に明記しておきたい。

    井上靖 未発表初期短篇集

    井上靖 著 高木伸幸 編

    2019年4月11日

    定価 2,400円+税